「影像2013」 参加作家インタビュー(1) 赤土翔一さん

〈写真〉とは異なる領域から

赤土 翔一

2012年多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科卒業。在学中よりアートユニットvoppi voppiのメンバーとして活動。空間における「構図」への考察から、置かれた物とそれを観る者の「運動」に着目し、空間における諸問題を作品として扱う。最近では、絵巻の繰り返し立ち現れる像の同一性・連続性から想起した「行為—運動」(2012)を発表。

2010.8 voppi voppi#1「天地創造展」(東京/小金井アートスポット シャトー)
2011.2 voppi voppi#2「方法的ー対峙的」(東京/浅草橋天才算数塾)
2012.1 多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科卒業制作展「えいえんの、」(神奈川/黄金スタジオ)など

はじまりはカルダー

──赤土さんは、多摩美の映像演劇学科出身ですけど、在学中から、作っていたのはおもに木を使った立体ですね。どのあたりから制作をはじめたのですか?

最初のきっかけは、カルダーでした。大学に入ってすぐの授業でカルダーの話が出て、拡がりをもった空間の中で対象同士の関係が変化することに興味を持って作ったのが〈円の形態〉(2008年)です。針金で直径20〜25センチ大の球体のモビールを120個ぐらい作って、天井から吊るしました。モビールが回転することで、線的な要素が徐々に球に集合し、そして拡散していきます。

円の形態
円の形態

<円の形態> 2008

のちにこれを定点で撮影して重ね、回転の集積を、質量を持った物質として映像にしようと試みたのですが、このとき、1本の円弧が見る角度によって楕円になったり半円になったり、さまざまに形が変化することに改めて気づいたんですね。振り返ってみると、このことはその後のいろいろな作品のテーマにも共通しているのだと思いますが……このテーマについては後で説明します。

次の〈関係性〉(2009年)では、螺旋のパターンを組み合わせることによって故意的なリズムを作ろうと考えました。〈円の形態〉で運動の軌跡から物質へ向かっていったのとは逆に、物質を構成することで生み出される動きに注目しました。日本庭園の飛石は、石という物質だけれども、その配置が足取りという身体的なリズムによって空間を意識させる。また枯山水では砂利を水の流れに見立てている。つまり、水面の状態を明確に示さずに虚ろな状態に留めておくことで、様々な関わりのなかに生じる印象の差異を感じさせる。そのあたりからヒントを得て、空間の中に推移する関係性を持った構成物として置くことで、物質の可変性を見いだそうとした試みです。

この作品はかなり大きくて、高さが5メートルくらいあります。ぐるりと周囲を巡りながら観るのですが、その中で、ものや空間、行為とそれぞれの要素の関わりが幾重にも重なり、もの自体の存在としてではなく視覚的な像としてのボリュームに気付く。これ以降、視点の方向づけという問題を意識するようになり、鑑賞者とその眼前にある対象との関係を考える作品につながっていったように思います。

関係性
関係性
関係性

<関係性> 2009

都市が回転する

複数の要素が置かれている空間に対峙したとき、見る人が動くことでそれぞれの要素同士の位置関係が変化しますよね。その鑑賞者の体験を作品の「動き」の要素として取り入れていくこと、それがさきほど少し触れた、ぼくの制作の大きなテーマです。それが生まれることになったきっかけには、ある体験があります。車に乗っていてひらけた河川敷を通過したとき、遠くの密集したビル街が渦を巻くように見えはじめた、というものです。

立体には当然のことながら複数の面が存在します。ビルでいえば、ひとつの面に向き合っているとき、こちらが移動することで別の面が見えて奥行きが知覚される。実際にビル自体は動かなくても、見る方が動くことで違う面が見えるという現象が起きます。関係がスライドすることで、位置や形状がどんどん不安定になっていく状態に興味をもったんですね。それをどう効果的に示すことができるか、と試行錯誤したのが〈無題〉(2011年)です。

無題

<無題> 2011

──このころ、タトリンのような演劇の舞台装置も作っていますね。20世紀のアヴァンギャルド芸術を意識することはありますか。

島田和秀さんの芝居で、5メーターぐらい高さのあるエレベーターを作りました。

実際に上昇、下降する装置としてではなく、あくまで、オブジェということだったので、運動の印象に重点を置いて作りました。

ロシアアヴァンギャルドのころの、デザインと美術とがまだ未分化であった領域には惹かれるものがあります。ケぺシュの『視覚言語』などを読むと、とてもおもしろい。ある仕組みを読み解いてその仕組みを形にしていく、そういう作業に興味があります。

木とトレーシングペーパー

──制作にあたっては、具体的にどういう手順ですすめていくのですか。

最初にスケッチをするときもありますが、だいたいは実際に空間に立体を置きながら作っていくことが多いです。そして、完成してからスケッチで記録しています。木を使うのは、単純に加工しやすいということもあります。

しかし、鉄や、アクリルなどの素材と比べて特化した性質は持っていませんが、木材の場合は、それを、補う質感のヴァリエーションがあるのではないかと考えています。

そのほかにトレーシングペーパーも愛用していまして、構成要素をひとつひとつ断片的に描いていって、それらをつなげたり重ねたりしてまとめていきます。

卒業制作〈行為—運動〉(2012年)では、まずスケッチからはじめて、それを巻物状につないだものを作りました。このときは展示する場所が先に決まっていて、正面にガラスの引き戸がある天井の低いキューブだったんですね。視覚の方向を位置づけるような作品を見せるには狭すぎたので、はじめは、オブジェとして構成しようと考えました。問題は、その中で質量をどうおもしろく見せるかということだったんです。どこかこちら側とは切り離された異空間に漂う不安定さを構想しました。最終的には、絵巻の循環技法を参考にしてスケッチを描き、それをぐるりと壁面に対応させてそれぞれの要素を配置していきました。さらに、木に彩色することで、視覚的にもリズムを見せようと考えました。それまでの、物質の構成と鑑賞者の見るという行為の中で動きをつくるだけでなく、視覚的な仕掛けも加えてみたんです。

行為—運動

<行為—運動> 2012

実験工房から引き出されるもの

──今回の「影像2013」というグループ展は、世田谷美術館で同時開催する実験工房展のことを意識しつつ構想をすすめていきたいと考えているのですが、実験工房の人たちの試みをどう見ますか。

山口勝弘さんが『美術手帖』で連載していた「生きている前衛」(1967年)の中で、新しい物質についての可能性を書いている回があるのですが、ナウム・ガボやロトチェンコが、新しいマテリアルの中に透視性を発見することによって、従来の彫刻的な塊とボリュームの関係を、空間とボリュームの関係に変えたということを紹介していて、それは今のぼくの制作においても、新しい素材に対してどう接していくかを考える上でヒントになると思っています。

「影像2013」にむけて

最近、東京駅の中にできたインターメディアテクに行ったのですが、そこで集積箱としてのキャビネットが展示されていたんですね。それを見て、光と透明性を志向した山口さんのアクリル樹脂の作品、北代省三さんのモビール、あるいはモホリ=ナジのパースペクティブ、スペースモジュレータを思い出しました。それらの作品のように事象的、現象的な視覚的に曖昧なものを新しい物質を使って収集するオブジェの可能性についても考えています。

また、立体の構成という手段からいうと、斎藤義重さんにも強い関心を持っています。特に〈複合体〉シリーズに興味をもっています。一見、複雑に見える構成ですが、板一枚、が互いに関連性を持っているのがよく理解できて、斎藤さんも空間が関係によって形作られていくプロセスを重視していたのかなと共感をおぼえます。

──11月の展示にむけて、いま、どんな構想を持っていますか。今回、写真の領域で制作しているメンバーが多い中で、唯一、立体とか空間を扱う作家として参加するわけですが、「影像」という枠組みをどうとらえますか。

まだ明確な構想は持っていないのですが、手を動かしながら徐々にプランを絞ってくいつもりです。さきほどお話した収集するためのキャビネットとしての装置アイディアも候補としてありますが、今までの空間構成的な作品を加える可能性はあります。写真は展示する際に、ある決まった形式があるように感じています。ですからぼくの作品は、おそらくみなさんとは物質的にも形式的にもちがう展示になりますね。でも、「影像」というくくりでは共通することもあると思うので、お互いに関連づけられることから見えてくるものがあれば……その点を模索しながら制作してみたいと思っています。

(2013年6月18日 インタビュアー:大日方欣一)

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