「影像2013」 参加作家インタビュー(5) 松本美枝子さん

空間をつむぎだす、映像と言葉と

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。1998年実践女子大学文学部美学美術史学科卒業。 学芸員として6年間勤務した後、写真家に転向。生と死、日常と非日常、そしてそれらの物語をテーマに写真と文章による作品を発表。
2000年 第15回、及び第16回「写真ひとつぼ展」に入選。2004年 第6回新風舎・平間至写真賞大賞受賞(新風舎)。
水戸芸術館『高校生ウィーク「写真部」』など、全国で写真ワークショップも多数開催。「水戸のキワマリ荘」メンバー。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム

個展
2006 「クリテリオム68 松本美枝子」水戸芸術館
2008 「生きる」アートワークスギャラリー、ジュンク堂書店本店などを巡回
2013 「そのやり方なら、知っている。」水戸のキワマリ荘、コーポ北加賀屋・adanda ほか

グループ展
2003 「写真2003」茨城県つくば美術館
2009 「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」表参道ハナヱ・モリビル
2010 「ヨコハマフォトフェスティバル2010」横浜赤レンガ倉庫 ほか

出版
2005 写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)
2008 写真詩集『生きる』(詩・谷川俊太郎、写真・松本美枝子、ナナロク社)

 

地理的に浮かび上がるもの

──今回の企画では、松本さんはミウラカズトさん、平松伸吾さん、チーム大辻清司プロジェクト(仮)と同じ、第4セクションに入れました。

「影像を周回させ、地理的な配置をつうじて考える」というグループの括りでしたね。お話を聞いて、まず「地理的な配置」ってどういうことだろう、と考えました。作品からそういうイメージを受けると言われたのがはじめてだったので。
私の写真は、視点やスタイルが固定されていなくてバラバラなんだけれど、展示や編集によって並ぶと、そこになにかが浮かび上がってくる、という説明を聞いて、なるほどと納得しました。そこに一種の「地図」ができるということですね。そういう意味では、このセクションのほかの3人の方々にも、強く共感するところがあるように思います。

──ひとつひとつが独立していて、空間に配置されたときに、その間合いにネットワークが生まれていく印象が、松本さんの作品にはあるんです。それを「地理的な配置」と表現しました。

そのフレーズは、谷川俊太郎さんのインタビューの言葉からヒントを得たとうかがいました。そこで谷川さんは、「時間軸に沿ったストーリー的なものではなく、詩は時間の断面を見せるもの。地理的に点在する要素で空間が作り上げられる」と答えているそうですね。谷川さんとは写真詩集(『生きる』ナナロク社、2008年刊)のお仕事をご一緒させていただいた縁で、ずっとおつきあいがあるのですが、まさに歴史とか時間を輪切りに考える人なんです。そして、それが写真とよく似ているという話をよくします。

──今年、巡回している実験工房展で一緒に仕事をした川崎弘二さんの『日本の電子音楽 続 インタビュー編』(engine books、2013年刊)の中で話されている言葉です。

私も日常をサンプリングするようにいろいろなものを撮って、その中から作品を組み立てていきます。撮るものを決めて撮影に行くというやり方はしていません。今日はあの場所に行って撮ってみよう、ということはありますが、それだけで作品にまとめようとか、ストーリーや自分の視点を作り上げようと思ったことはありません。気になる風景や人があって、それをたくさん撮ったとしても、その中で良いカットがあれば、ほかの写真の中に1点、2点と差し込んでいくという方法ですね。

プライベートがパブリックに転化する

──ちょうど10年前にも、つくば美術館の「写真2003」展に参加していただきましたが、それから制作の上で考え方など変化したことはありますか。

あまり変わっていないと思いますけれど、家族の出来事を中心に、当時はもう少し狭い中で撮っていたような気がします。それでもそこに社会的なものを入れたりして、広めの視点にするように心がけてはいました。
大学生のころは自己流で撮っていたんですが、卒業して地元の企業ギャラリーでアシスタント学芸員をしながら、夜、目黒のアスベスト館でやっていた写真ワークショップ・コルプスに通ったことで、写真に対する心構えのようなものが身についた気がします。
当時から、プライベートな作品が良いとはあまり思っていませんでした。でもあえてそれを素材にするのは、プライベートを扱い続ければプライベートではなくなる、という考えからなんですね。一見、私の作品はすごく私的なものに見えるけれども、実際はそれを素材にしているだけで、個人的なものを見せたいとか、プライベート写真が好きということではありません。
6月の大阪の個展(「そのやり方なら、知っている。」コーポ北加賀屋adanda)では、亡くなった祖父の写真を出しましたが、もとはプライベートなものも、突き詰めれば、パブリックなものだということが伝わる展示になったのではないかと思っています。

ワークショップをつづける中で

──ワークショップの活動もたくさん手がけていますね。

2008年に水戸芸術館でドイツ人の写真家のマルコ・ボーア(Marco Bohr)さんと、高校生を対象にしたワークショップを企画したのがはじめです。こういう機会でもないと、接することのない世代と話がしてみたくて。1日がかりのプログラムで、15人ぐらい参加してくれたんですが、今でもその子たちが私のワークショップを手伝ってくれるし、何人かは大学で写真を学んでます。すごいことですよね。これが私のワークショップ活動の原点になっています。
中高生には最初にセルフポートレートに挑戦してもらうことが多いです。いちばん身近な被写体は自分だし、写真の原始的な部分を考えるとき、自画像は重要です。人を撮るのは好きだけど、自分が撮られるのはいや、という子も多いので、自己解放という意味もありますね。撮影するという動作においても、カメラをセットしてタイマーをかけてレンズの向こうにまわる、というのは、目と手だけで済まずに身体全体を使う行為になるから、写真はアタマだけで撮るものじゃないということを、実感するきっかけになる。
大学生には、言葉と写真を組み合わせる課題を出したりします。文学作品や詩のフレーズに合わせて写真を撮ってみるとか、逆に、撮ったものに文章をつけるとか。私自身、『生きる』の仕事で、谷川さんの言葉に写真をつけたことがすごく良い経験になったんですね。言葉を視覚化したり、映像を言語化することで、写真はもっとうまくなると思います。同じテーマでも、出てくる写真や言葉の形はいろいろで、それをみんなでディスカッションしたりして共有していくのが、すごくおもしろいです。

──ワークショップやディスカッションが、松本さん自身の作品に与える影響はありますか。

先ほども触れたとおり、私の作品はプライベートを素材としつつ社会的に開いたものを目指していて、そのためには他者の目を入れて客観性を高めていくしかない。人に会い、人の言語を聞くこと、それは私が制作をつづける上で欠かせない大事なものです。だからワークショップはその手段のひとつですね。本当のところ人に何かを教えたいという気持ちはあまりなくて、自分のためにやっているのかもしれません。
中学生や高校生とおしゃべりするのが、単純に楽しいっていうことも、もちろんあります。今の子たちは、大人が思っているよりずっとすばらしいと思います。中学生にもなると物事を深く考えているし、けっこう大人の気遣いもあって、コントロールできない感情も時にはあるけれど感性は豊かだし。一緒に写真を撮るのは、とても刺激的です。

映像、写真、そして言葉

──大阪の個展は、ご自身もメンバーである、オルタナティブスペース「水戸のキワマリ荘」からの巡回展でしたが、手応えはいかがでしたか。

京阪の学芸員や研究者の先生、アーティストの方なども見に来てくれて、良い反応をいただけたので、うれしかったです。
3.11をはさんで、3、4年かけて撮影した写真の中から編集して、8分80枚ほどのスライドショーをメインに、脇の壁面にプリントとテキストを展示しました。昔から、たくさんのカットを見せたいという気持ちがすごくあって、スライドショーはそれをうまく形にできる気がしています。これまで音楽や詩の朗読のイベントの時に頼まれて出したことはありましたが、自分の展覧会でスライドをメインにしたのははじめての試みでした。

──写真にエッセイを並べた点もおもしろいですよね。テキストを書くようになったのは、いつからですか。

もともと文章を書くのは好きだったのですが、はじめての個展を雑誌『SWITCH』の編集長の新井敏記さんが見て、「好きなことをやっていい」と6ページくれたとき、ちょうど東海村の臨界事故があったので、ルポルタージュを書きました(編集者注:2000年1月号掲載)。写真とテキストを組み合わせるという点で、この仕事も私の原点のひとつですね。一時期は、写真を補完するために文を添えていると思われるのがいやで、書くことを避けていましたが、最近はあまり気にせずに、写真と言葉をミックスして作品を組み立てています。
影像2013展も、スライドとプリントとテキストで構成しようと思っています。このアンサンブルをどうやって見せるのがいちばん効果的か、しばらく試行錯誤していくつもりです。

(2013年8月13日、インタビュアー:大日方欣一)

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