「影像2013」 参加作家インタビュー(2) 田山 湖雪 さん

あいだを手繰り、さまよう

田山 湖雪

1987年静岡生まれ。2011年東京造形大学デザイン学科写真専攻領域卒業。
卒業とともに、三重のローカル誌「NAGI」の編集部のある伊勢へ移住。編集の傍ら写真家として活動中。

個展
2011 「アリアドネの糸」TOTEM POLE PHOTO GALLERY
2012 「suraitoー中間歩行ー」coma・三重  

グループ展
2012 GRバトン写真家リレーに参加(RING CUBE)

「糸」と「あいだ」をめぐって

──田山さんは今までの作品発表の中で、一番最初の個展が2011年の「アリアドネの糸」、そして今度の世田谷での発表も、まだ最終的に決ってはいないと思うんですけれども、タイトルに「糸遊」(いとゆう)という言葉を使う、ということをうかがいました。「糸」という言葉が作品を作っていく上での触媒というか、手がかりになっているのかなと推察するのですが、そのあたり、どう考えていますか?

指摘されて、今気づきました。そうですね。糸に対しては、幼い頃から興味がありました。藁を縒ったりする作業中、螺旋がDNAのように見えドキドキしたり、編むことで思いが込められる恐さも感じていました。また、凧揚げや釣り、糸電話など目に見えない「なにか」を繋ぐアンテナだなと。

2011年の展示「アリアドネの糸」は、非日常と日常の境をスナップ写真で探る作業でした。タイトルは、勇者テーセウスが迷宮巡りをするギリシャ神話がモチーフになっています。迷宮からの帰りを案じ、女神アリアドネがテーセウスに糸玉を渡します。怪物ミノタウロスを倒し、糸を頼りに無事に生還。迷宮という閉ざされた不可思議な空間とアリアドネの待つ外を繋ぐ糸が、非日常と日常の境を探ることと重なり、タイトルにしました。一方、今回の展示は、宇宙(大きな存在)へ繋がる糸がイメージにあります。今撮っている、煙や綱、木…を通して目に見えない「なにか」を視覚化したいなと。そのとき「糸遊」という言葉がぴったりだと思いました。春、秋の気温差ある時に地面から立ちのぼる水蒸気がゆらいでいる、かげろうを指します。

他にも、蜘蛛の糸が太陽を浴びてきらきら光る様子、ある/無いの、あるけど無いようなものをいう譬えとしてもこの言葉を含んでいます。
両作業の伸びる方向は違っていても「間」(あいだ)が共通点です。「間」を手繰ったり、さまようことがちょうど糸をたどる動作とリンクしていると思うのです。

──今のお話で、「間」ということが出てきましたけれども、それは何と何の「間」だと考えるといいんでしょう? 日常と非日常の間?

初めはそう思っていましたが、最近ではもっと複合的な「間」なのではと思うようになりました。意識と無意識であったり存在と無であったり…。うーん、いろんな要素があって端的に言えないですね…。

綱、木、煙…

──世田谷のグループ展で出そうと考えている写真を、少しだけ紹介していただけますか?

えーと、この写真は、熊野の花の窟で行われる、御綱掛け神事です。毎年2月と10月、種まきと収穫を祈願し新しい綱を掛けかえます。大きな巖から長い綱を垂れ下げて、浜辺の方まで皆が引っ張っているときの光景ですね。群がって綱を持つ人たち(画面中央)は、意識がギュッとして、大きな空間(画面右)をつかもうとしているよう思えたのです。

次の写真は、神社の一角にあった木で、新しい芽が親木とは違う方向に伸びだしている生命の気配を感じました。

──生命感といったときに、田山さんの写真に感じられるのは、たとえば、ギラギラした強く押し出されてくるような生命感とは違う気がしますね。もっと予感っぽい…

まばゆかったり、なにか発しようとしている、そういうものが気になります。

これは煙で、道を走ってたら偶然見つけ、追いかけて撮りました。三重に住むようになって、煙が立ちのぼる牧歌的光景によく遭遇します。観察していると不思議で、あるのに無い感覚、さわっても逃げていく、そういうものだなと。ちょっとしたズレを煙は象徴的に表していると思い、意識的に撮るようにしています。三重という土地から触発され、解きほぐされている気がします。

作品の見せ方

──田山さんに特徴的なこととして、写真をどういうふうに作品にしていくかというときに、本の形態にしていくことにとても積極的ですね。それも、ポートフォリオ風のまとめ方とはずいぶん違った、写真と写真をレイアウトの中で自由に連関させ手製の本にしていくことを続けてらっしゃいますね。

めくることからイメージが膨らんでいく本という形式が、フィットしていると思っているので、手製本で作品を見せていくこと事を続けています。写真と文字やオノマトペを組み合わせたり、像を反復、回転、分割したりとグラフィカルな編集をしています。写真をもっと自由にぶつけたいですね。

──それはある意味、先ほどの「間」ということにつながりますね。写真と写真の間にゆらめきだすものを追いかける。

そうですね、写真の関係性から化学反応を起こしたいです。

──今回の世田谷でのグループ展は、ちょうど同じ美術館に「実験工房展」が巡回する時期に乗り込んでいってやるわけです。今年初めの鎌倉(神奈川県立近代美術館)での実験工房展を御覧になっていると思いますが、感想をひとこと聞かせてください。

北代省三さんの作品を見ていて、重なる部分が多くてびっくりしました。漂うモビール、似た要素が連なる写真群…。そういう軽やかな視点がヒントになりました。自身の写真に疑問、悩みを抱いていた時期だったので、解決の糸口となった展示でした。

(2013年7月14日、インタビュアー:大日方欣一)

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